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北京ダックとランチ会

予定していた「北京ダックと中華の会」(男性後輩と私)、「ランチ女子会」(女子後輩と私)を開催しました。

「北京ダック」は時間がかかる料理だと思ったので、予約必須だと思い、「北京ダックと席」の予約にしました。
ものすごく丁寧に北京ダックを作ってくれていて、お店の人が「東北で一番です」と言ってました。

高級店の北京ダックとは違い、「手作り感満載」の北京ダックでしたが、それだからこその美味しさです。今まで食べた北京ダックの中では最高でした。(いいお店にも行ってるので、同レベルなのかもしれませんが、これ以上ではないと思う。)

珍しい種類のお料理が多く、かつリーズナブル、かつ量も多く、4人で、これ以上食べられないほど食べて、1万円しなかったです。
これは、誰も飲み物を頼まなかったというのもあります。(それでもOKなお店です)
私は、料理を純粋に楽しむならば、飲み物は「きれいな水」が一番だと思います。
マリアージュを楽しむなんて、めんどくさい事を考えず、素直に味を楽しむには、飲んでいて負担も感じず、飲みたいだけ飲んでも気持ち悪くならず、料理の味を邪魔しない、「水」が最高です。日本は水はタダなので、お金もかかりません。

それから「サイゼリア」で、スイーツだけ頼んで(ここも飲んだのは水だけ)、4人で1000円。サイゼリアのスイーツは、もう食べられないと思った後の、口直しだと思うと、ものすごく優秀(小さくて美味しい)だと思います。

これも含め、1万円以下です。高級料理(北京ダック)も入れて、一人2500円以下で、これ以上満足させられるでしょうか?という究極の会ですよ。(笑)


ランチ女子会は、和食で「お刺身・焼き魚・てんぷら・色々な総菜」と、珈琲デザートで1500円です。私が割引券持っていたので、3人分で2500円程度で済みました。ここも、お店の人が、奮発しましたと言ってくれました。

後輩たちにご馳走する会で、使ったお金は12000円位です。
この程度なら、私のお小遣いの一部で、なんとかなります。


コスパよく、かつ美味しく、かつ楽しく、私の納得できる会を、これからもやっていきたいです!
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秘湯を守る

私は定期的に温泉旅行に行ってますが、バイキングが好きなので、まずはバイキングの宿で、その次がいい温泉ランキングとかで決めてます。

所詮、ネットや雑誌のランキングなので、商売がうまいところ(グループ経営が多い)がトップに来るわけで、無難ではあります。


よって、小さなお宿を守ってる的な温泉には、あまり行ってません。
今回は、たまたまそのようなお宿に宿泊する事にしました。

(今年は、4月5月の温泉宿がリピートだったので、新規開拓というのもあります)

かなり特徴のある温泉で、全国的にも少ない「治療ができる温泉」になります。ただ、今どき「湯治」で体を治すなんて人もいないわけで、だから大人気というわけにもいかないようです。

今は、各地方自治体でも、ちょっとした温泉を経営しており、定期的に割引もあり、綺麗だし、料理もまあまあです。そのような温泉と、個人経営の温泉が対抗するのは、とても大変だと思います。

そんな中で、昔ながらの温泉を、今の時代に出来るだけマッチしたように改善し、料理の工夫もして、最高のおもてなしをしようという気持ちは、しっかり伝わりました。先祖が繋いできた秘湯を守りたい‥という気持なんだと思います。(この話をしたら、母には伝わりませんでしたが、父にはしっかり伝わりました。)

今の時代、最新式のホテルも、古くからの秘湯も、どっちも楽しめるというのも、幸せだなあと思ったりもしました。


ゆとりがあると、新しい物、古い物、新しい事、古い事、色々な物や事が楽しめるんだなあと思います。

定年過ぎた色々な人から、「今まで頑張って来たんだから、今は思い存分遊ぶのよ」っていうような言葉を聞いてきました。
それは、「頑張れば楽しい事が待ってるから」という、若い人へのエールでもあると思います。

そのような「エール」をうまく送れるような、老後を過ごしたいです!

最後の1年のカウントダウン

今までも、「来年何をやっているか?」は謎でしたが、これからの1年は、「来年は別世界」レベルになります。

最後の1年でやるべき事は、「引継ぎ」と「先輩として後輩にご馳走する事」ですかね・・・
今月、来月と、3回ご馳走する会を考えてます。

1、「若い後輩たちと、北京ダックと中華を食べる会」(北京ダック食べた事ない人たちに、ご馳走します。)
2、「女子会」(ほぼ同世代ですが、会社にいる期間が、私がダントツ長い)
3、「美味しい居酒屋でビアガーデンの会」(ここは若い人はいない)


私なりの工夫で、出来るだけコスパよくとは考えてます。1と2においては、誕生日会も兼ねます。何らかの形で、誰かの記憶に残ればいいという思いはあります。

ただ、このような事をやると「お金持ち?」って感じになりますが、我が家は自営業で年金も安く、両親は扶養家族だし、私は寡婦という事で、堂々の「住民税非課税世帯」になってしまいました。
こんな世帯の人が、大盤振る舞いしていいのでしょうか???って事ですが、なんとかなるからいいんです。

本当に収入は少ないのですよ。私って節約上手?なのでしょうね(爆)
ただ、ご馳走するかどうか?って、あまりお金持ちとかと関係ないような気がします。する人はするし、しない人はしないし、しすぎるのもどうよ?という、微妙な行為です。(その辺の機微は、今まで生きてきたので、わかってますよ)


もう来年から転職すれば、最底辺に落ちますので、仕事関係でご馳走するって事は、ないかもしれません。この「もうないかもしれない」というような事は、やっておこうという方針では生きてます。

「最底辺」という立場も、やって行けるかどうか?わかりませんが、ここはチャレンジですね。
そもそも「老人」なんて、最底辺だと思って謙虚に行動するのが、一番受けがいいと思うのですよ。(受けがいい=かわいがってもらえるって事です)
その訓練にもなって、いいんじゃないか?と思ってます。

そんな毎日ですが、私はとても幸せな日々を送ってると思ってます。

どんどん変化する老人に係わって生きる

私の友人のお母さんは、8年くらい前からボケて、5年前くらいに友人のお姉さんがわからなくなり、つい最近とうとう一緒に住んで面倒を看ている友人の事を、他人だと思うようになったそうです。

友人は、デイサービスを使いながら、フルタイムで働き、お母さんの面倒を看てましたが、もう「要介護3」で、施設に入居させるそうです。友人が娘と認識できないなら、施設でも一緒でしょう。

私のご近所のお姑さんは、60代で認知症になってしまい、そこは生まれたばかりの双子と他2人の4人の子供もいて、それでもお嫁さんは頑張っていたのですが、施設入居され、暫くして亡くなりました。

私が両親の面倒を看て思うのは、体が動けてボケなければ、癌であろうが、その他の病気であろうが、食事がちょっとめんどくさいくらいで、そんなに手がかからないという事です。よって、病気になっても動ければ、そんなに怖くないです。

それより大変だったのは、怪我とかで動けなくなる事です。片手しか使えないとか、歩けない人の介護は、癌とかの病気よりも大変です。(母は健康なのですが、時々怪我をしました)


私の両親は、まだ認知症ではないので、その苦労は体験していないのでわかりません。私は、両親の認知症防止の為に、色々な努力をしてますよ。今まで日記を書いた事のない両親に、日記の習慣をつけたり、ガーデニングを積極的に楽しんでもらったりとか色々です。

父が病気だった事もあり、個人病院・総合病院・大学病院と、様々な病院で、色々な説明を受けましたが、私は「説明を聞く」のは、かなり好きです。人間の体の仕組みについて、深く知ることができるのはものすごく興味深かったです。色々な病院の食事の観察とか、感じる事は色々あり、その体験は、単調な毎日の刺激でもありました。

両親との同居生活も、両親が元気な間は、チョット鬱陶しいという気持ちもありましたが、年を取る事による、両親の変化の観察は、とても興味深い物です。今は、私の言う事を、かなり素直に聞きます。
みんながこのような変化をたどるのかはわかりませんが、人間はいくつになっても変化する生き物だと思います。


子供が成長するというのも、とてもとても楽しい変化だと思います。ただ、それはもう体験したのでいいかなあ・・と言う思いもあります。今の時代にマッチした子育てなんて、もう私にはわかりません。それは親が責任をもってやるべき事です。
(孫もいないので、関係ないのですが、孫がいても、深入りはしないようにしようと思ってます)

父の病気や介護で、沢山の人との出会いがありました。出会った人は、素敵な人が多かったです。自分の仕事関係や、ご近所程度では、出会えない人たちだと思います。

私の仕事は、衰退産業で「頑張れば何とかなる、生きがいを感じる」というものではなくなってます。先行き不透明過ぎて、どうなるかわからない所で、もがいてるような状態です。

よって、頑張れば誰しも感謝してくれる仕事というのは、私から見れば、ものすごく羨ましい仕事です。

だから何かが出来るか?は、よくわかりませんが、何かできたらやりたいという気持ちはあります。

親の長生きと私の人生

私の父は、73歳で癌になり、78歳で再発しました。(リンパ節転移)
この時は、医師に5年の余命宣告をされており、その時は5年経てば83歳(平均寿命より長い)で、余命まで生きれば長生きだわ・・と思ったものです。例えば、90歳になって3年の余命と言われたら、喜ぶべきではないか?と思ったりもします。

父が再発してからは、ずっと「父の寿命はあとわずか」と思って、暮らしていたわけです。父が78歳の頃は、孫たちも大学生が多かったので、東京で集合して遊んだりもしました。子供とは、何度か「はとバスツアー」とかにも行きました。温泉にも行きました。いい思い出になるだろうと思ったからです。

その後父は、脳梗塞になったり、糖尿病になったり、骨折したりで、何度も入退院を繰り返し、そのたびに「もう長くはないんだろうなあ」と思ってきたわけです。温泉旅行を両親の病気でキャンセルしたりもしています。

私としては、50代は仕事もあるし、まあいいかって思いもあったのですが、もう60代になってしまいました。今まで通り「両親中心の計画」だけで、生きていくわけにもいかないけど、両親の世話をしないわけにもいきません

両親共々(母はまだ元気ですが)、このまま入退院を繰り返し、10年20年と長生きする可能性もあります。
今は施設やヘルパーとか色々あるにせよ、今まで世話をしてきた立場としては、これからは自由にさせてもらうってわけにもいかないというか、そういう気持にもなれません

私がご近所や親せきの間でも評判の「親孝行娘」みたいになったのは、父の病気が小刻みで、常に死期が迫ってると思っていたからです。最初から、ここまで長生きするとわかっていたら、もっと自分のやりたい事をやっていたかもしれません。人は、ゴールが近いと思うと頑張れるみたいな感じ・・・ただ、悪くない評判なので、わざわざ覆す事もないわけで・・・

ここに来て「もしかしたらゴールは遠いかも?」と思うようになり、私が「自由」になれるのが、永遠に来ない可能性まで考えるようになりました。(私が先に死ぬかもって事です)

人間の寿命は、110歳くらいまではありえるとなると、母が110歳の時には、私は80代半ばになります。
そんなに長生きするわけないと言い切れる人はいないと思います。

ある程度の年齢になれば、施設に行くと思いますが、100歳まで元気な人も沢山います。長寿社会というのは、こういう事だなあと思ってます。

私は、これからの高齢化社会の介護とか、医療とかは、興味もあり、ささやかな資格も取ってます。この知識は、私の為にも、誰かの為にも役に立つ知識なので、これからはそのような仕事も考えてます。私の体験が、私の家族だけでなく、他の誰かの役に立てば・・と思うのです。

今の仕事の知識は、これからの人生の役に立たないので、ちゃんと引き継ついで、新たな世界を楽しみたいです!これからは、沢山の人の役に立つような知識を、どんどん身につけるのが目標です。
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